人間関係

他人に依存すればするほど人生が崩壊し不幸になる理由

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ネットが浸透し他者と気軽につながれるようになった反面、他人への依存度が高まり不幸になる人も増えています。

なぜ他人に依存するほどに人生が崩壊するのか持論を述べています。

(注)持論です。

他人に依存するほどに抜け出せない不幸にハマる理由

他人は自分ではない以上、他人の「生き方」に取り込まれる

自らの人生の中で他人から「私の生き方を教えてほしい」と問われたことはありますか?

「私の喜びを教えてほしい」と質問されたことはありますか?

 

ある人はそうそういないでしょうし、あっても答えようがないですよね。

だって、それは自分で見つけるものだから。

 

早い話「お前の人生なんて知ったこっちゃねぇ」というのが全他人の本音です。(この言葉を誤解しないでください)

もちろん相手に寄り添って善意で「それを見つける手伝い・サポートはするよ!」という人はたくさんいます。

彼らは「他人を手伝うという自分の生き方」を黙々と遂行していますが「他人の生き方」において自分たちに決定権がないことを深く理解しています。

だから最後に何を選ぶかは本人に委ねてくるでしょうし、それが普通です。

 

 

それなのに、そこを理解せずなおも他人に「自分の生き方」を求めるとどうなるか?

いつか人を騙して甘い汁を吸おうとする詐欺師に捕まります。

 

自分を持たず、思考を他人に依存して流されて生きてきた奴ほどチョロいですよね。

そういう人はだいたい何かに不満を持っていて「○○は詐欺だ、マジでゴミ」などと自分の至らなさを棚に上げて愚痴を漏らします。

 

そこに共感してあげて「わかる。俺も○○でめっちゃ悩んだ。だから今は○○にしたんだよね。これは最高だよ。」と新しい選択肢を提案してあげると比較的簡単に落とすことができます。

だからカモは思考を変えない限り永遠にカモにされて搾り取られる。

思考を変えられないカモは不幸なまま、不満を抱きながら人生を終える。

 

頭の良さとか勉強ができるとかそういう話ではなく、精神の問題です。

私は昔、広告を学んでいたとき先輩から聞いた印象的な一言があります。(広告を学んでいただけで詐欺を学んでいた訳ではありません)

それは

詐欺ってのはさ「常識的に考えてこんなのあり得ないでしょ」って話でいいんだよ(笑)

それすらも考えられない馬鹿が世の中にはたくさんいるから、むしろ有り得ないほうが良いんだよ。

 

人を騙す手口は年々巧妙になっているようで、実は何も進歩していません。

しいて言えばテクノロジーの後押しがあるくらいで、根底にあるのは精神です。

それも「自分は一切考えず、他人に思考をゆだねてお金を得よう。安心を得よう。快楽を得よう。」という精神性が詐欺を生き長らえさせています。

 

他人に依存するのが当たり前になると、それはもはや自分の人生ではなくなります。

たけのこはそういう人を見るのが辛いですし、人に依存しておいて人のせいにしている奴を見ると腹が立ちます。

 

他人に依存する人の思考と抜け出すための思考

「情報が少ないとわめき、情報が多くてもわめく」のをやめる

例えば「入門書」というのは大体内容がシンプルで基礎的なことが中心です。

しかし、そういう基礎を「もうわかってる、知りたいのはそこじゃないんだよ!」と不満を言いながら、上級者向けの応用編を与えると「難しい!どこを知るべきか要点を教えろ!」などとわめきます。

 

結局彼らが知りたいのは「効率よく理想を手に入れる方法」のみであり、それ以外には関心がありません。

しかし、基礎があって応用があるように、何事もつまらない平凡なところにこそ未来を変えるきっかけや物事の本質が隠れているものです。

そういう所に目を向けられず、結果ばかり求めている時点で可能性がないのです。

 

結局「わかったつもり」で何もわかってないことをわかっていません。

だから表面的な演出や幻想に踊らされたあげく「自分は騙された」と被害者ぶっていつまでも報われません。

 

上手く行っている人は細く長く、遠くを見ています。

他人よりも自分の経験を優先し常に疑問を持ち、仮説を立て行動し理解を深めながら続けていけるから上手く行っています。

 

他人に依存する人は自分で悩まない分、他人に夢を持ちすぎ、期待しすぎです。

擦り寄れば自分に有益な事をピンポイントで効率的にわかりやすく教えてくれると思うのはあまりに浅ましい思考ではないでしょうか。

 

他人の挙動を気にしてしまう環境から抜け出す

例えばSNSなど、知り合いなどの挙動が随時見れてしまう環境は最悪です。(ほんとSNS嫌いな人みたいな感じになってますが・・・)

というのも、他人の挙動を監視する=他人の思考に染まり流されやすくなるため。

 

有名人やタレントなどが「これからは○○がブーム」などと有名人界隈で盛り上がっているとそれが全てかのように見えたりします。

学校もそうです。

周りの友達がみんな特定の音楽や映画の話していると「自分もそれについていかないと」と思わされてしまう。

 

中には「は?興味ないわ」で一刀両断できる人もいますが、そうじゃない人は意図的に避けないと思考を乗っ取られます。

 

そもそも他人集団の好きなものを自分も好きである必要なんかないのです。

つまらないプライドや恥じらいは捨てて、自分の好きなものを追求したほうが結果良い方向に転びます。

 

中間でふわふわしてるキョロ充が一番悲惨です。

ある意味で「ぼっち」と馬鹿にされたり蔑まれている人達のほうが将来的に何倍にも成長する余地があります。

 

私は「笑われようが馬鹿にされようが、一人で黙々とやるだけ」みたいな人が大好きです。そういう精神性は必ず日の目を見るから。

 

「他人のせいにして留まる」のをやめて「自分せいにして逃げる」

他人のせいした時点で改善ポイントはすべて他人に移ってしまいます。

「自分は何も悪くない、改善する必要がない」という思考は反省する機会を打ち消しますから、成長も見込めません。

 

かといって、すべてを自分のせいにした途端に思い詰めて潰れる人もいます。

自己否定はその後ちゃんと立ち直れることを前提に効果を発揮しますから、立ち直れずに折れる人が自己否定をすると潰れます。

 

また、他人のせいにする人の特徴を上げると、彼らは「他人のせいにして逃げない(その場に留まり続ける)」のが特徴です。

だからいつまでも愚痴が無くなりません。

見方を変えると「他人のせいにすることでその場にしがみつくことができている」ともいえます。

 

上手くいく人はその逆で「自分のせいにして即座に逃げる」傾向があると考えます。

逃げてはいるものの、その責任を自分に持っているため後に自己反省がやってくるのです。

嫌な上司や仕事が改善されないとわかるや相手のせいにする訳でもなく「自分が馴染めなかったから」と申し訳無さそうに平気で辞めていきます。

そして「自分は我慢が足りなかったかもな。でも次はこういう所を注意して仕事を選ぼう。」と振り返り軌道修正ができるのです。

 

他人のせいにする人は勇気がないので、受け止めることもできず吠えること(不満を言うこと)しかできません。

そしてそこには自分が変わろうという意識もありません。

 

自分のせいにする人は「自分が変わるべき」という意識があるため「じゃあどうしたら良いのか」と発展させていくことが出来れば試行錯誤が増えおのずと成長していきます。

しかし「自分が変わるべき、でもどうしたらいいかわからない」という人は逃げ方を知らないため八方塞がりで潰れるのだと考えます。

 

「自分のせいにして反省できるなら、逃げたっていい」とたけのこは思います。(他人のせいにして逃げるのは一番駄目ですね)

 

親のせいにする人は変わらない。不幸な道を歩み続ける理由

 

他人に依存しない人と仲良くなる

他人に依存しない人はどこか孤高で、近寄りがたい雰囲気を出している人もいます。

しかし、彼らは距離感さえ守ればこれほど付き合いやすいタイプはいないというほどサッパリしていて明快です。

 

「みんなと同じである必要はない」を理解しているので、個性を尊重した付き合いができるうえ、自分軸で興味関心を選んでいるだけあって、単純に話をしていても面白い人が多いです。

 

彼らに依存しようとすると瞬時に見抜かれ距離を置かれますが、逆に依存体質の人とばかり付き合うとその思考に染められます。

 

さいごに

人生を「自分で考えて選べる」ことの救い

自分で選べることが多いからこそ悩みもあれば、同じだけ喜びもあります。

ある意味で一番「美味しい中身のところ」なはずですが、そこを他人にやすやすと譲ってしまったら?

基本的には他人が食い散らかした骨や皮しか残りません。

 

そんな人生、私は嫌です。

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