人間関係

強すぎる承認欲求を満たそうともがく人ほど認められにくい理由

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このような質問をもらいました。

承認欲求の無い人が有利

承認欲求が強い人よりも、承認欲求を無さそうにしている人の方が職場で認められ頼りにされている気がします。

承認欲求のない人のほうが仕事などでは有利なのでしょうか。

どうすれば承認欲求をなくすことができるのでしょうか。

個人的に承認欲求は多かれ少なかれ誰にでもあると考えており、完全にゼロという人がいるのかどうか?・・・微妙に思います。

そもそも「承認されたい欲望」はあって良いものですが、その在り方が間違った方向に人を動かしてしまうことが結果的に報われない日々を長引かせてしまうように思います。

強すぎる承認欲求を持つ人が認められにくい理由を考えてみます。

承認欲求の強い人が認められにくい理由

①褒められたがる人を素直に褒めたい人は少ない

ポイント

  1. 絵は上手だけど、いちいち褒めて貰いたがったり、褒めると調子に乗る子
  2. 絵は上手だけど、褒めてもらおうとはせず、褒めても調子に乗らず黙々と取り組む子
  3. 絵は下手だけど、いちいち褒めて貰いたがったり、褒めると調子に乗る子
  4. 絵は下手だけど、褒めてもらおうとはせず、褒めても調子に乗らず黙々と取り組む子

4人の子供がいたとき、みなさんはどの子を褒めたいと思うでしょうか。

 

恐らく多くの人は絵の出来栄えに関わらず「黙々と取り組む子」を褒めたいと思うはず。

 

逆にいちいち自分の行動を認めてもらいたがったり、認められて調子に乗ってしまう子には「あまり調子に乗るなよ~」と注意したくなる人もいるでしょう。

最初は褒めたとしても、だんだん「めんどくさいなこの子」や「あんまり褒めると調子に乗るから控えよう」と思い始めるのは想像に容易いです。

 

つまり、そもそもの姿勢や態度でも他者からの評価は変わってくるのです。

上記の例だと、絵が下手でも、謙虚に頑張る人は取り組み姿勢や真面目な性格などを評価される機会がめぐってきます。

 

「君はすごい!」みたいな褒め方ではないかもしれませんが、信頼を含んだ「君はしっかりしてる。もっと自信をもっていい!」という褒めを貰えるでしょう。

そして、本人の真面目さ+評価する側から気に入られた結果、本当の実力と評価を得ることは時間の問題といえます。

 

承認欲求も同様で、頑張っていてもそれを無闇にアピールしない人は周囲から応援してあげたい気持ちを引き出します。

「もっと評価されるべき」なんて言われる人もきっとそういう姿勢の人達でしょう。

 

ビジネスで言う「売ると売れない、売らないから売れる」と同じような理屈です。

 

逆に自分の頑張りをいちいち認めてもらいたがる人は前述したように、面倒くさがられるのであまり褒められません。

なぜなら「一度褒めたら調子に乗る or "褒めて乞食"になって付きまとわれるのは嫌だ」と思われるため。

負の連鎖が始まります。

 

承認欲求を周囲に撒き散らす人を面倒だと感じる人は、それがわかるや否やどんどん離れていきます。

そんな現状が辛いからとさらに「誰か構って!認めて!」という欲ばかりを撒き散らすと、純粋に応援してくれる人は少なくなるでしょう。

 

 

周りに残るのは浅く冷たい関係性ばかり

残るのは傷を舐め合おうとする同じような人、あるいは何らかの下心を持つ人などに絞られてきます。

優しさや承認に飢えた人は、それを与えてもらえるなら割と誰でも心を許してしまう傾向にあるようです。

つまり、詐欺師といった悪い人は心の穴に承認というエサを投げ込み自分のビジネスや欲望へと引きずり込むのですが、引きずり込まれた当の本人は気づいていません。

 

あるいは気づいても「この関係を断ったら承認されなくなる」と感じてズルズルと居続けるようなこともあるでしょう。

ドラッグの快感を知ってしまい、やめたいのにやめられない中毒者と似ていますね。

 

傷を舐め合うにも自分と似た相手は「あなたを評価するから、私のことも同じだけ評価してね」という条件を心の内に秘めているはずです。

それは本当の評価ではありませんよね。

一方が暗黙の了解を破ると「じゃあこっちも無視するまでだわ」と実に寂しい関係性見せるでしょう。

 

②褒められたがる人は自分自身と他者を客観的に見れていない

承認欲求が強くても突き抜けた実力(仕事で成果を出したり、クオリティが高いなど)があれば評価は貰えます。

ただ、実力以外の所で嫌われる可能性が増えるだけです。

 

承認欲求が強くて面倒に思われる多くの人は上記のようなタイプではなく「アピールの割に実力がない人」である場合が多いように感じます。

(他者にとって)取るに足らない行動を必死に評価してもらいたがるからウザがられる訳であって「ギネス記録更新したよ!」でウザがる人はそういないでしょう。

 

つまり「そんなアピールしてる暇があるならもっと頑張れよ」と思われるようなタイプ。

また、相応の実力がない人に限って自信満々に語ったり不平不満を漏らしていたりします。

 

 

承認欲求の強い人はどこか「褒めてもらう事を次のエネルギーとして繋げていきたい」気持ちがあるのかもしれません。

良く言えば「褒められて伸びるタイプ」というもの。

【何かを見せる】→【褒めてもらう】→【やる気が出る】→【何かを見せる】→【褒めてもらう】→【やる気が出る】というループ。

 

しかし、このループを短期間で成立させることができたらかなりの実力者です。

何かを見せることはできても、他人から「おぉーすごい!」と言われるような事は相応に時間と手間がかかるものなのですから。

 

評価されるレベルにあるものを短期間でスピーディーに作るには相当技を磨いた人でもなければ難しいでしょう。

幼児や子供なら拙い作品でも「よくがんばったねー」で逐一先生や親が褒めてくれますが、大人はそんなに甘くはありません。

 

 

SNSなどに頻出する「承認欲求に乗っ取られた人」を見ていると、本当にインスタント(簡単)なことばかりで評価(反応)を狙っていることが多いです。

プロ作家がSNSに上げる「まだ途中ですが」のラフ(下書き)とド素人が上げる「まだ途中ですが」のソレはクオリティも需要も月とスッポンの差ですよね。

また再放送(過去作品を定期的にアップする)のも良く見ますが、そもそも拙い作品なら「そんなもん何度も見せてくんな」って話ですよね。

 

 

余談ですが「#誰かの推し作家になりたい」というハッシュタグには驚きを通り越して鳥肌が立ちました。

つまりは自身の作品と共に「誰か私のファンになって」とハッシュタグで懇願している訳ですが、それって作家なら作品だけで言わせる(思わせる)べきではないでしょうか?

それも直球で「誰か私のファンになって」ならまだ正直で笑えますが「誰かの推し作家になりたい」という”なってほしいと頼んだ訳じゃない”的な言い回しもいやらしさが漂い「今どきの作家ってこんな精神なんだ」という衝撃もありました。

 

もちろんこういうのが自らの美学に反する行為だと嫌っている作家さんも大勢いることだと思います。

たけのこもそっち側なので、ぜひその美学を貫いて欲しいと思います。

 

どうすれば承認欲求をなくせるのか?

承認欲求はなくする必要はない、有りすぎたりそれが前提なのが考えもの

承認欲求自体は誰しもが持っており、別に無くすべき悪いものではありません。

むしろ「認められたい」という願望そのものはモチベーションにつながる大切な要素となるので適度にあるべきだと言えるでしょう。

 

世間一般に嫌われる・ウザがられているであろう承認欲求とは「誰でもいい、なんでもいいから褒めて欲しい・認めて欲しい」という行き場のない強すぎる願望が稚拙な行動と組み合わせられることで完成します。

そして、行動を支える承認欲求ではなく、承認欲求を支える行動になっているからウザいのです。

  • 行動を支える承認欲求 → 例)イラストを描くのが好き!憧れの◯◯先生に実力で認められたい!近づきたい!
  • 承認欲求を支える行動 → 例)私も有名人になってチヤホヤされたい!少し得意なイラスト描けばチヤホヤされるかな?

「承認(チヤホヤ)される手段としてイラストを書くのか、イラストにおける自分自身の成長を求めるために誰かの承認を求めるのか」の違いです。

 

師弟関係において師匠が弟子をなかなか認めない(承認しない)のは「容易く認められる味を知ってはつけあがって成長が止まる」と考えている面もあるのではと考えます。

チヤホヤされる手段としてイラストを書く人はチヤホヤされた途端に(イラストの)成長が止まる場合が多いです。(それが目的だから)

 

また、チヤホヤされるレベルにない場合、地道な努力ではなくソレ以外の方法(有名人に媚びを売ったり、性を利用するなど)で注目を集めることもあります。

絵が下手なのに上手いと思ってる人・偉そうな人に苛立つ人へ

 

なかには湧き出る承認欲求をキレイサッパリ隠してさも「承認欲求?そんなんないわ!笑」という人もいるでしょう。

そういう人は隠れ嫉妬タイプだと思いますが、実力が伴っているならきっと嫉妬エネルギーのコントロールが上手な人なんだと思います。

嫉妬心をなくすには?嫉妬コントロールが出来ない奴は落ちぶれる

 

承認欲求に取り憑かれないためにできること

「承認欲求が強い自分が嫌になる、そんな自分を変えたい」と思った人ができる事は下記です。

ポイント

  • 評価を数値化し比較させようとするサービスをやめる
  • SNSを見ない
  • 自分自身がやりきったと思える体験をつくる(自信をつける)
  • 長いスパンでモノを見る

SNSだったり、自分の投稿したものに評価やいいねが付くサービスはやめてしまいましょう。

そういうものを気にするから、自分と他者を単なる数値で比べて気を病んだりします。

 

やるなら「良い評価も悪い評価も貰えない設定」をすべきです。

SNSはそもそもそういう設定ができないので、現状はやらない方が得策だと思います。

 

加えて、小さくてもいいので自分でやりきった!と思える体験をつくることです。

それが自信につながり、インスタントな行為の無意味さを知るきっかけとなります。

長いスパンでもモノを見るのも同様の理由です。

 

さいごに

気軽にできる時代こそ気軽じゃない事に価値を見出される

SNS、そもそもネットというもの自体がスピード感を意識させる存在であるが故に「何かしないとどんどん置いていかれる感覚」さえもあります。

しかし、SNSなどでバズった話題をリアルの友人や家族に話すと「ナニソレ?知らない。」と興味なさそうに返事をされたりするもの。

 

焦って気軽にできることで承認を求めても、あっという間に流されて過去にされてしまいます。

もちろんそんなことで得た承認なんかではちっとも満たされません。

 

本当に自分の心を満たしてくれるモノ・コト・ヒトとは?自分はどうあるべきか?を自分自身に問わず、周囲に流されるままの人は永遠に不幸です。

少なくとも今確実に言えることは「フォロワーやいいねの数」みたいなしょうもないモノにその答えはありません。

 

たけのこが作家をやるなら・・・仕事をするなら・・・。

1人でもいいので末永く「いつも楽しみにしているよ」と言ってくれる人を作れるような行動をしたいものです。

たけのこ
有名になっても落ちぶれる人はだいたいそういう人の恩を忘れて欲に走ってる

 

誰に認められたいかが定まっていない人は不幸になる

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