人間関係

物のせいにする人と物のチカラで強気になる人は報われない

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世の中には何かに付けて「物が悪いから」と自分のレベルの低さを認めなかったり、逆にハイエンドな製品を使っているというだけでドヤ顔している人達がいます。

彼らはその間違いに気づかない限りいつまでも報われないばかりか、周囲にいる人達にとって悪影響を与えます。

物のせいにする人と物のチカラで強気になる人

小学生で卒業すべき幼稚さとプライド

小学生がよく嗜む遊びとして長年地位を獲得しているのがトレーディングカードゲーム(以下TCG)です。

このTCGはオセロや将棋などといった昔からあるボードゲームと違い「かなり救いのある遊び」であると言えます。

 

というのも、TCGはどのカードでデッキを構成するかでプレイヤーの戦略のなさをカバーしてくれることがあるため。

例えば猛烈に強いカードがたくさんあるデッキでは、それだけ力押しで勝ててしまう穴があるのですね。

 

これを揶揄するかのように大人のTCGファンの中には「札束で殴り合うゲーム(=金で強いカードを買い揃えた者が有利)」と表現していたりします。

 

反面、将棋やオセロといったボードゲームは両者同じ駒を使うため完全に「個人の頭脳戦」というある意味残酷に性能差を見せつけるゲームとなってしまうのです。

こういうゲームでは言い訳をするのは非常に難しく、相手から「でも同じ駒使ってたじゃん」でねじ伏せられてしまいます。

そういう意味でTCGはカード選択の自由があるぶんトリッキーな戦略も立てやすいですが「言い訳もしやすいゲーム」といえます。

 

たけのこが学生時には「このデッキが糞だから勝てねぇ」と物のせいにして不機嫌になる友人がいたのをよく覚えています。

確かにデッキのパワーバランスが異なる可能性もあるかもしれませんが、互いにスターター(買ってすぐ遊べるセット)からほぼ変わらずの状態でどちらも素人同然です。

「デッキが糞なのではなく、使い方が下手くそなだけではないのか?」と今でも思います。

それでも相手と使っているカードが違うため「それがないから自分は勝てない」という言い訳を作りやすいのです。

 

「無いから勝てねぇ」ではなく「無いなりに勝てる方法はないか?」と試行錯誤できない人は基本的に配られたカードが微妙だったときにそれを嘆くのみで成長ができません。

トランプの大富豪で手札がダメダメだったとき「なんとか平民あたりに食い込めるよう健闘して、次のチャンスを待とう」という中期戦略も立たない人が多いです。

「1度の勝負で大富豪や富豪になれなければゴミ、終わり、楽しくない」みたいな短絡的かつ視野の狭い状態。

 

だからこそ周りに自分の境遇を愚痴り、良いカードを得た人の批判や嫉妬ばかり。

彼らの努力や試行錯誤を思いやることもなく「あいつは良いカードがあるから上手くいくんだ」とそれがすべてだったかのような傲慢な物言いでいつまでも報われない人達。

 

TCGを例に出しましたが、これと似たようなことが小学生ではなくいい年齢の大人の世界でもあったりします。

 

また、そういう人は「あったら勝てるのか?じゃあくれてやるよ。」と問い詰めると自信なさげに「でも運とかあるし」と言い出すなど、あってもロクに使いこなせない事が多く自分の器以上の物を与えられても、それはそれで破滅します。

 

そういう人と「モノの良し悪しよりもまず自分が使いこなせているか」を客観的に見られる人の相性は最悪です。

足を引っ張られてしまううえ、その部分を諭すと逆上されて関係がさらに悪化します。

 

 

金をかけてハイスペック重装備が自分の能力だという勘違い

モノのせいにせず「自分の問題だ」と試行錯誤ができる人は確実に伸びますが、そもそもそのような性質がある人は最初からいわゆる「ハイスペックなプロ仕様」を使っても同じことだったりします。

むしろ試行錯誤ができるのにあまりに不便なモノを苦労して使っているのでは試行錯誤のサイクルを鈍化させてしまう原因となるでしょう。

これはこれでもったいないです。

 

しかし、試行錯誤できない先程のような「無いから勝てねぇタイプ」がお金を持ってしまうと今度は「金で自分の能力や感性は買える」的な思考に変化していきます。

本当に「札束で殴ろうとしてる人」になった訳ですが、この性質が極まると「モノの値段で作品や成果を判断するとてもつまんない人」に成り下がります。

つまらない人の感性

  • 「この料理は最高級の食材をより集めて作った傑作だ。」
  • 「世界一お金をかけて作ったこの映像作品はもっとも価値がある。」
  • 「このデッキを作るのに総額30万かかった。最強。」
  • 「○○をするなら最低○○万円はかけないとゴミ。」
  • 「40代で1万円以下の腕時計とか恥ずかしいでしょ。」

そして、お金をかけずにアイデアや工夫で人を沸かせている人達を「うわ、安っぽい表現だな」とこき下ろします。

対象の本質や相手の価値観を見抜くことができず、値札でしか価値判断できないことほど安っぽいことはありませんね。

 

先程のTCGで言うと、金をかけて強いカードを揃えて力押しで勝利を掴んでも虚無だったりします。

なんてことないデッキ構成で、戦略的に華麗な勝利をする人の方が(観客から)熱狂も称賛もされます。

 

いざこういう人がお金や信用を失うと「自分には何もなかった」と絶望することになります。

そんなわかりきったことをわからずにお金や信用を失うまで盲信しているのですから、腹が立つどころか可哀想でなりません。

 

さいごに

愚痴を漏らしても誰も時間を巻き戻してはくれない

「アイデアや工夫・考え方で難題を乗り越えた実体験」みたいなものが多い人ほど試行錯誤の強さを信じることができ、そういう体験に乏しい人ほど本質を見失いやすいのでは?と考えます。

 

そういうのって年齢に関係なく「そういう経験の場をどれだけ得られたか?」にもかかっている気がします。

  • 親や先生、上司など周りの年長者の背中(姿勢)
  • 好奇心旺盛でチャレンジャーな友人や同僚・上司に振り回された経験
  • お金がないなりにみんなで何かを作ったり、壁を乗り越えて結果を出した経験
  • 興味関心を伸ばせる環境や時間的余裕

今までこれらを得られた人生ではなく「自分はこんな経験ロクにできなかった。だからこんな考え方になっても仕方がないだろ!」と言われたら痛いほど刺さります。

 

ただ、たけのこ自身も過去に「こういう経験してないからできないんだ」と卑屈になっていたこともありましたが、それを言っても誰も興味を持ってくれませんでしたし、相手からすれば「気持ちはわかるけど、時間を巻き戻してあげられる訳じゃないしなぁ・・・」って話ですよね。

話す方も聞く方もツライだけです。

だからといって今まで通り「モノのせい」「モノの値段で判断」しているうちは自分の生い立ちや境遇を理解されないまま反感ばかりを持たれてしまうのではないでしょうか。

 

という風に考えていくと、「モノのせいにしたりモノの値段で良し悪しを判断すること」をやめていけば自然とクリエイティブな経験がなだれ込み感性が復活していくでしょう。

 

たったそれだけの話だったりします。

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