自分の魅せ方

個性がない。存在感がない。と悩む人の特徴と思い込み

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誰かと自分を比べて「あの人は個性があってすごいな」「存在感があってうらやましい」と悩む人も多いものです。

「自分には個性がない」と考えてしまうと、自己肯定感が下がり何事も後ろ向きになりがちです。

しかし、個性とはいったい何者なのでしょうか。個人的な考えを述べたいと思います。

個性とは「(自分と)自分以外との折り合いの付け方」

馴染まないから目立つ、馴染むから溶け込む

たけのこは「個性とは自分以外との折り合いの付け方」であると考えます。

 

■世界各国が「自然を守ろう」と環境問題に取り組む中、ある国だけ環境破壊を推進していたら目立ちます。

■多くの人がサラリーマンとして会社で働く中、自分で起業したり、あるいは働く事をせず生きていく道を模索する人は目立ちます。

■自分が「当たり前だと思うこと」や「定番と思う何か」を無視して違う選択をする人は目立ちます。

 

このように、マクロからミクロな視点すべてにおいて「馴染むか?馴染まないか?」の選択肢が存在しており、個性とはこの中で自然と生まれるものであると考えます。

 

手っ取り早く考えるなら「何から何まで多数派と逆のことをする」だけで周囲からは個性的にみられます。

ただ「それが本当の個性であり存在感なのか?」と問うと、おそらく勘違いであることが多いでしょう。

 

個性的と言われる人は意外にも「その個性のせいで悩んだり、不遇な扱いを受けることが多い人」でもあります。

つまり、正直に選んだだけなのに周りから「個性的だ」と一線を引かれてしまうのです。

それが良い方に転べばまだしも、良し悪しは表裏一体、ただの変人というレッテルを張られて人から避けられる道さえあります。

 

彼らは「自分にウソをつきたくない」ために所々で周囲との折り合いが合わず、結果個性的に見えるのです。

個性がないと悩む人は、きっと他人に合わせたり、空気を読んだり、自分を抑えて我慢することに慣れているのではないでしょうか。

 

でも、どちらも同じ人間なのですから「どこまで折り合いを付けるか」という度合いの違いでしかありません。

個性がないと悩む人が「何かに我慢している」と思うなら、個性のある人は「その何かにおいては我慢していない」だけです。

もちろん個性的な人は彼なりの違う我慢を強いられているのは言うまでもありません。

 

 

個性は作るものではない。奇をてらうだけの偽物になってはいけない。

個性的なファッションをしている人を見て「自分もアレを真似すれば個性的に見られる!」と他人目線で考えるのは個性ではありません。

(自身の気持ちを考えず)とにかく他人の言動を逆張りして、奇をてらって個性を気取るのも本質的な個性とは思えません。

 

個性とは「自分の心に素直に従っているかどうか」だと考えます。

個性的なファッションをしても、他人と違うことをしても、心のそこからそれを「これがやりたかった!」「楽しい!」「後悔はない!」と思えること。

他人からの評価や印象が一切介入できない「自分だけの満足、自分だけの評価、自分だけの世界」が存在していないと結局それは個性ではなく「他人を気にした何か」でしかありません。

 

個性的と思われたいがためにする言動なんか個性でも何でもなければ、道端に落ちてる犬のフン以下。

本当の個性は自分の気持ちに素直になるだけで自然と出てくる。その度合いをどれだけ増減させるかの問題。

 

だから、個性がないと悩む人が悩むべきはそこではなくて「自分を我慢していないか?素直になれているか?」を悩むべきです。

我慢をしている、素直になれていないなら、そうなるための勇気や覚悟が必要だと考えます。

つまり「勇気と覚悟」を手に入れるには?を考えるべきであって、表面的な個性の有る無しについては考える必要はないということ。

 

そして「自分だけの満足、自分だけの評価、自分だけの世界」をコツコツ作りこんでいけば、そんな姿をみて「あの人は個性的で素敵だな」と思ってくれる人が増えるのだと思います。(同時に嫉妬もされるでしょう)

 

自分自身にウソをつき続ける人は必ず後悔します。

しかし、周囲と足並み合わせて生きていくためには「自分が!自分が!」では村八分にされてしまうでしょう。

それもまた覚悟次第ですが、つまりは「自分と周囲との折り合いをどのくらいにするか」というバランスは明確にしておいたほうがよいと考えます。

 

存在感も周囲との折り合い

馴れ合いをやめ自分の世界を作れば存在感がでる

他人に好かれようと自分を抑えれば抑えるほど周囲と馴染むのでトゲがなくなります。

つまり「その他大勢」に入り存在感が出にくくなるのは言うまでもありません。

 

しかし、集団の中でも強い存在感を出している人は一定数いますよね。

彼らは「(場合により)理解はするけど共感はしない」を貫いていることが多いかと思います。

 

自分が大事にしている気持ちに関わる点は意地でも曲げない。

でもあまり衝突しないのは「共感はしないけど、話はちゃんと聞くし理解しようと思っている」からではないでしょうか?

なんでもかんでも社交辞令的に「あーわかる!」と共感せず、自分も相手も”独立した個”として見ている。

 

だから嘘やお世辞っぽさがなく、出てくる言葉や態度がことごとく刺さる。

でも、どこかみんなと距離があると思われて親しみやすい人とは思われない面もあるでしょう。

 

クール系な人ほど実は「いじられキャラ」をいいなーと思っていることもあります。

 

さいごに

個性、存在感というフワフワした言葉にするから悩む

  • 彼は周囲より自分の気持ちを優先して生きている
  • 彼は自分より周囲との調和を大事にしている

これだけの話なのに、個性や存在感といったつかみどころのない言葉で「あの人はすごい!他にはない個性がある!」などと評価するから「自分には個性がない」と思い悩む人が出てきます。

 

実際のところ、誰しもが「その人にしかない個性」を持っており、それは今までの生き方(経験)から形成され、現在の生き方が未来の個性につながっています。

「ない」はないです。

 

「ルールを守るのが安心する人」からすれば「ルールを破るのが気持ちいい人」の存在は目立つ上に不可解な存在です。

しかし、ルールを守ることが内心「自分を抑圧する代わりに周囲からもたらされる安心である」と思うならば、ルールを破る人たちに惹かれずにはいられないでしょう。

 

今の自分が引っかかるなら、周囲と折り合いを付けずに自分の気持ちだけ考えてください。

ただ、良し悪しは表裏一体です。

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