人間関係

「部屋が汚い人は天才」は片付けられない人の言い訳である理由

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部屋が片付けられず汚い部屋(汚部屋)になっている人に朗報かのごとく「部屋が汚い人は天才」という記事が話題になりました。

片付けられない人は、実はものすごい才能を持っている人だった

たけ美
いやいや笑わせないでよ
部屋の汚さと才能は関係ないと思うな
たけのこ

この「部屋が散らかっている人は才能がある系」の記事があまりにも蔓延って気持ち悪いので反対意見に投じるつもりで書きました。

「部屋が汚い人は天才」は片付けられない人の言い訳

部屋が汚くなるには理由がある

たけのこの部屋は整理整頓されており自他共認めるきれいさです。

というのも中学生くらいから急にインテリアに目覚め、それまで汚部屋だった自室をオシャレに飾ることの楽しさに目覚めたため。

それ以降、一人暮らしを始めても変わらずこまめに掃除を行い、不用品は容赦なく捨てる思考になりました。

いわゆる「シンプルライフ」的な人たちと同様に「愛着を持ち愛用できるモノ意外は極力持たない」というスタイルが続いています。

 

そんな掃除・整理整頓好きから言わせると部屋が汚くなる(他者に汚される場合を除く)には主に3つの理由しかありません。

ポイント

  1. (きれいな方が良いけど)部屋を片付ける時間がない(=他の物事に時間を奪われている)
  2. (きれいな方が良いけど)部屋を片付けることができない(=何からすればいいのかわからない)
  3. 部屋を片付ける必要性を感じていない(=汚くて結構)

1番の人は例えば仕事ですよね。

仕事が忙しくて「家なんて帰ってきて寝るだけの場所」というなら、汚くなるのもうなずけます。

あるいは「今は作品作りに没頭しているから、他のことは一切できない。飯も作らないしあんま食わない。」みたいな芸術家タイプ。

 

このタイプの場合は日夜仕事や作品づくりに打ち込んでいる訳ですから、それは大成したら天才かもしれないね。って話で。

 

でもですよ。

「毎日テレビやネットで時間を潰してて時間はあるけど、掃除はなんとなくやる気がしない」という人はどうでしょうか?

単に時間を消費しているだけで、何も生み出してないのですから天才の可能性があってもその芽は出ないでしょう。

 

そして2番の「散らかった部屋の片付け方がわからない」という人。

自分の所有物を自分の好きなように散らかして「片付け方がわからない」とかどこに才能の要素があるのか。

以上。

 

3番の「部屋を片付ける必要性を感じていない」はそもそも外見(見栄え)に執着がない人や、他人を家に呼ばないなど「きれいにしてなんか意味あんの?」みたいなスタンスの人たちです。

この場合は「部屋が汚れた・散らかった結果、自分の行動に悪影響が出ている場合」においては考えものです。

例えば・・・。

  • 大事なもの(保険証やパスポートなど)がどこに仕舞ったかわからず探すハメになる
  • 汚れが蓄積し本人そのものに清潔感がなく、見た目で損をする
  • モノを頻繁になくする。

上記のような事にならないように「掃除・整理整頓」が存在するのであれば「きれいにしてなんか意味あんの?」みたいなスタンスでこんな悪影響食らってる時点で頭が悪いです。

 

散らかっていてもモノの場所はわかるし、モノをなくすることもなければ清潔感もある。

というのであれば、そのままで問題ないでしょう。

 

才能うんぬんは「集中して物事を成し遂げることができるか否か」で決まる

結局のところ・・・。

部屋が散らかっている=天才(才能を持っている)は関係ないと思いませんか?

 

部屋がきれいなことで気持ちよく仕事・創作ができる人はきれいな方が絶対良い訳です。

逆に色々散らかっていても圧倒的集中力で仕事・創作ができる人はそれでいいのです。

 

つまりは「集中して何か物事を成し遂げることができるか否か」が重要であり、部屋のキレイ・汚いは個々の集中力に影響するかしないか程度の問題でしかないと思うのですね。

 

よく「そろそろ夏休みの宿題しなきゃヤバい!」と思ったときに急に部屋の掃除や模様替えを始めてみたりする子供がいます。

この場合、掃除を先延ばしの理由にしているとも言えますから、部屋がキレイになっても肝心の宿題は終わっていません。

 

であれば、散らかっていても集中力を発揮して宿題を終わらせる力がある子供の方が優れているとも考えられます。

そもそも夏休み初日にさっさと宿題を終わらせている子供の方が計画的に物事を遂行する上で優秀であり、部屋がどうこうの問題ではありません。

 

仕事や創作などにおいても同じことが当てはまり「できない理由」を何かに転嫁してナァナァに生きている人は結局何も成し遂げられないので才能も天才もクソもないのです。

 

良い散らかり方・悪い散らかり方

何が散乱しているのかで天と地の差

例えば、デスクに仕事の資料が散乱していたり、床にはボツになったアイデア案が散らばっている。

いずれ目を通したい本が山積みになっていたりなど「仕事や創作に対するヒントで部屋が散らかっている」のであればまだ納得がいきます。

よく漫画家さんのお部屋写真などを拝見すると、散らかってはいますがそこに必然性やそれこそクリエイティビティを感じます。

 

しかし、食べかけのお菓子や飲み物が床に散らかり、髪の毛や食べカス・ゴミで汚れているのであればご臨終です。

「ゴミ箱に捨てろよ気持ちわりーな」以外にかける言葉がありません。

あるいは洗濯したのかどうかすらわからない衣類や下着が床に散乱しているのもだいぶ終わってます。

 

一口に散らかっていると言っても「何が部屋を汚しているのか?」で天と地の差があると言えるでしょう。

 

「常に整理整頓を徹底せよ」と周囲に主張する気はありません。

過度にキレイさを保つことが必ずしも良いとは限らないからです。(精神的にも)

 

しかし、個人的に「床に食べ物のゴミが平然と置いてある人・食べかけのモノが床に放置してある人」は注意しています。

少なくてもそういうゴミはテーブルやキッチンに放置されるでしょう。

それが床に散乱する時点で「ヤバい人」だと男女問わずかなり警戒します。

そういうだらしなさは教育以前の問題なので(恋愛・仕事・人間関係)で、変なトラブルを引き起こす可能性が高かったのが個人的な経験則です。

 

何かの節目で元に戻るかどうか

例えばデスクが散らかりやすいという人も「仕事が一段落つくまでは掃除しない」と決めている人もいるでしょう。

何かのプロジェクトが進行している間、それに関する資料を逐一整理しつづけるのも時間がかかるので、必要なものはデスク上に全部置いておくという判断をする人もいます。

 

この場合、今の仕事が終わりかけ他の仕事がメインになる際には一斉に片付けをしてまたまっさらなデスクを見せます。

そしてまた少しずつ仕事のモノが置かれ散らかっていく・・・。

 

仕事も複数案件が同時並行するものですが、総じて何かの区切りで散らかった状態を元に戻せる人は(個人的な経験上)優秀な人が多かったです。

逆に、常にデスクが汚れていて複数案件の資料がごちゃごちゃになっているような人は「あの資料どこだったけ?」と気軽に紛失したり、仕事の効率性が悪い人も多くいました。

 

そもそもの話ですが、部屋を散らかすのは簡単です。誰でもできますよね。

その散らかった状態を効率的に元に戻すほうがよっぽど頭を使うのですから、それがうまい人こそ優秀でしょう。

モノの取捨選択に悩まず「コレは必要、これはゴミ、これは売って金にしよう」とパッパと仕分けできるのですから。

 

私は掃除や整理整頓について、いつも「テトリスの遊び方」で想像しています。

  1. テトリスで常に何もない状態を維持するのが好きな人(=そもそも散らかることがない人)
  2. テトリスでわざとヤバくしてから立て直すのが好きな人(=散らかってもすぐ戻せる人)
  3. テトリスが下手な人(=散らかって戻せない人)

1番と2番はタイミングの考え方が違うだけで根本的な部分は同じはずです。

なんとなく2番のほうがクリエイティブな感じはしますね。(スクラップ&ビルド的な)

 

さいごに

「部屋が汚い人は才能があるかも」の結論

「そんな言葉で片付けてないで部屋を片付けよ」と言いたいキレイ好きも多いでしょう。

  • 部屋が汚い人の中には天才もいますが、凡人もそれ以下もたくさんいます。
  • 部屋がキレイな人の中には天才もいますが、凡人もそれ以下もたくさんいます。

 

私はある程度散らかっても許容してくれるキレイ好きな人が好みなので、自分もそうありたいと思います。

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