人間関係

絵が下手なのに上手いと思ってる人・偉そうな人に苛立つ人へ

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質問を頂きました。

絵が下手なのに偉そうな相互フォロワー

私と相互にフォローし合っている相手は絵が下手くそなのに、他人の絵に口出ししたり自分が上手だと勘違いした発言が多く腹が立ちます。

自分のイラスト工程を連投しては自分で定期RTも嫌でたまりません。

ミュートや無視すればいいのですが、下手なイラストにいいねがたくさんついたりフォロワーから賛美のリプをもらっているのを見ると「なんでこんな人が」と逆に悲しくなってきます。

絵・イラストに限らず、仕事などでも「なんでコイツはこんなに偉そうなんだ」って人いますよね。

という意味では私たけのこも当ブログで偉そうですが、個人的には「馴れ合わず愚直にコツコツやる側」「むやみやたらにアピールしない人達」に加勢しているつもりなので、そういう人間の考えとして書き残しておきたいと思います。

 

息が長いのは愚直に試行錯誤ができる人

絵が下手なのに偉そうな人になる理屈

絵が下手なのに神絵師扱いされてる人の秘密。絵が上手くなくてもフォロワー数を伸ばせる事実

上記の記事を拝見したところ、絵が上手くなくても幅を効かせる方法が語られていました。

一部を抜粋すると・・・。

  1. 自分のファンになってくれる見込みがある人をできるだけ増やす。
  2.  1の人にフォローしてもらう。
  3. フォローしてくれた人にずっとフォローし続けてもらう。

1→2→3の流れでフォロワーを増やすことで、3のフォロワーによるリツイートが増えます。それにより3→1の流れが加わり、1→2→3→1→2→・・・といった具合に雪だるま式にフォロワーとリツイート、いいねが増えていく仕組みのようです。

引用:絵が下手なのに神絵師扱いされてる人の秘密。絵が上手くなくてもフォロワー数を伸ばせる事実

見込みのある人に可能性を見せて、ファンで居続けてもらう。

これは正しいと思います。

 

そして、そのサイクルを作るものとして下記を挙げています。

  • 絵以外の魅力を発信している
  • トレンドにのっている
  • 画力ではなく、内容が面白い絵を描いている。
  • twitter以外のメディアと連携している
  • イラスト以外の投稿も含め、意味のあるツイートを頻繁にする。
  • 同じジャンルの人と仲がよく、クラスタの中心に存在している。
  • ツイートを整理している。
  • 貪欲にフォローしていく。

引用:絵が下手なのに神絵師扱いされてる人の秘密。絵が上手くなくてもフォロワー数を伸ばせる事実

詳細はぜひ引用先のサイトを読んでみて下さい。

 

そしてこの理屈を端的に表すとこう言えます。

「絵が下手なのに偉そうにしている絵描きは、本質ではないところで得た評価で自分を語っている」です。

本質とは純粋な絵の評価(クオリティ)。

引用した「絵以外の魅力」「トレンド」「画力ではない」「イラスト以外の投稿」「クラスタ」という点がそれを表しています。

 

偉そうになるロジック

  1. 馴れ合いフォロワーを増やす
  2. そのフォロワーと相互評価や社交辞令を積み重ねる
  3. いつしかそれらが「自分へ向けられた本当の評価」だと勘違いする
  4. 偉そうな事を言い出す

しかし、人間の中には「評価された途端に居心地良くして何もしなくなる人」が一定数います。

つまり「まだ頑張るべき時なのに、馴れ合いなどで得た評価に気を良くし自ら成長を止めてズルズルと落ちていく」というしくじりです。

宝くじで高額当選した人が「金ならある!」と仕事もせず成金ぶって自分の器に合わない使い方で破産・借金地獄に陥るのと同じ。

 

プロの世界で長く戦えるような人は上記のようなメンタルになる人は少ないでしょう。

「評価されようがされまいが、自分のスキルを磨くのみ」

これを続けられる人は本当に強いです。これこそ無敵の人と言いたい。

もし彼ら(絵が下手なのに偉そうな人達)に不満を持つあなたが地道に技術を磨こうとしているのであれば何も気にする必要はありません、必ず評価されるステージがやってきますし、そこまできたら本当の意味で「求められる人」になれます。

 

本人も取り巻きも違う世界で活動している人と割り切ればいい

もし「イラストが下手なのに上手いと思いこんでる人」に嫉妬してしまう・イラッとしてしまうとしましょう。

しかし、彼らは彼らの世界で、彼らなりの戦術で戦っています。

その戦術とはズバリ「絵描きだけど絵以外のところでも貪欲に評価に繋げるよ」という戦術。

 

「真正面に絵だけで戦う人達」とはどう頑張っても相反れないので、割り切るしかありません。

ここで先程のサイクルを思い出してください。

  1. 自分のファンになってくれる見込みがある人をできるだけ増やす。
  2.  1の人にフォローしてもらう。
  3. フォローしてくれた人にずっとフォローし続けてもらう。

1→2→3の流れでフォロワーを増やすことで、3のフォロワーによるリツイートが増えます。それにより3→1の流れが加わり、1→2→3→1→2→・・・といった具合に雪だるま式にフォロワーとリツイート、いいねが増えていく仕組みのようです。

引用:絵が下手なのに神絵師扱いされてる人の秘密。絵が上手くなくてもフォロワー数を伸ばせる事実

見込みのある人に可能性を見せて、ファンで居続けてもらう・・・。

 

それなら絵描きだって「こんなファンに支持されたい!」という想いを持って然るべきではないでしょうか?

(偏見気味に言いますが)馴れ合いでお世辞評価ばかりの人達からチヤホヤされて嬉しいですか?

嬉しいと思うなら嫌悪している人と同じようにやればいいだけの話。

 

「純粋に絵のクオリティで評価されたい」と決めたなら、真正面から絵のクオリティをみて評価してくれる人達にファンになってもらわないでどうするというのでしょうか?

 

「他人が馴れ合いで得た評価に嫉妬する意味は1ミリもない。時間と精神の無駄。」ということ。

SNSはなんとなく同じ趣味・仕事の人同士で繋がれますが、そのステージ(階層)は全然違う場合があります。

同じ階層にいる人達じゃないと基本的にストレスが溜まるので勇気を出して飛び出すことをオススメします。

 

さいごに

どこで評価するか?という視点の違いを理解する

「絵が下手なのに上手いと思ってる人」の話題を出すと「絵に上手いも下手もない!そういうこと言うな!」と言い出す人がいます。

しかし、それが有り得るとしたら「どんな絵も一律に評価しない」「絵ではなく姿勢を評価する」と決めた場合のみです。

 

そういう人達が言う平等や公平とはつまり「一切優劣をつけない思考停止した世界」を指しています。

「なぜ素晴らしいのか?」「なぜダメなのか?」を考えることなく反射的に素敵!と言い合うだけの世界は一見優しいようでとても残酷でしょう。

なぜなら進化を否定しているからです。

 

他人と違うことをして、クオリティを上げて認められようと考えるから新しい技術や手法が生まれます。

「誰が何を生み出しても評価が一律」なら発展を考える事自体が無意味となります。

馴れ合い集団で傷の舐め合いをするのがダメなのは人の進化を止めてしまう可能性が高いからです。

なぜ進化を止めてはいけないか?というと、人は過去の自分より現在の自分の方が成長していると喜びを感じる生き物だからです。

 

絵に上手い・下手は確実にありますし、ある条件においての正解・不正解も確実に存在します。

こちらの方が残酷に思えるかもしれませんが、異なる素晴らしさに共感してくれた人が1人でもいれば、何をしても評価が一律な世界よりずっと報われますし、その人は輝きを保てます。

 

だから地道に試行錯誤を続ける人はあとからちゃんと収穫の時期がきます。

その収穫とは「有名になる」「大金を得る」ではないかもしれませんが、生涯自分の軸となるお金では買えないものであるのは間違いありません。

努力はかけた時間の量ではなく試行錯誤の質と量でなければならない。

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